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◎国民の立場で改革を 小泉首相により「医療改革問題」や「外務省関係による人事問題」などで、何度か「三方一両損」という表現が使われた。この話は、南町奉行大岡越前の名奉行としての逸話を落語にしたのが始まりだそうである。 神田の大工、吉五郎が稼ぎの三両に書き付けの入った財布を落としたことに始まり、それを拾い、届け出た同じ長屋に住む左官、金太との二人がおこした騒動から始まる。「どうせ落としたもの。もう自分のものではないから受け取れない」との潔い思いと、拾った方の金太も「拾っただけでもらう訳にはいかない。欲しくて届けたのではない」との言い合いから、殴り合いの騒ぎになる江戸っ子らしい、いかにもの話である。 中略するが、ここで登場するのが「大岡裁き」である。お上として越前が三両すべて預かってしまえば話は終わってしまうが、自らの懐から一両を出し、四両にして欲をかかない両者に二両ずつ「褒美」としてつかわしたのである。三者全員が一両ずつ損をした形で円満に解決した、という名奉行としての話である。 蛇足だが落語では、この後に越前より膳(ぜん)が振る舞われる設定である。あまりのごちそうと空腹のためガツガツと二人が食べていたため、越前が「腹も身のうち、そうガツガツ食らうな」といさめると「へえい、多かあ(大岡)食わねぇ」「たった一膳(越前)でござい」と落ちがつく。 さて、医療保険制度改革が具体的に進められている。笑い話ではない。社会保障の根幹を守るためにも、医療保険制度の改革を行うことは高く評価する。しかし、問題は内容である。利用者負担が二割から三割へと引き上げることが先行し、十分な検討や議論もなく、改定が来年の四月からとまで決定されてしまった。医療保険での利用料負担が一割から三割まで値上げされるのに、わずか数年間である。「国民」「医療」「政府」をもって「三方」と考えたのは甘かったのか。これでは国民による「一方三両損」と思われても仕方ない。 要介護高齢者の介護問題解決のため、利用料一割負担で始まった介護保険制度も三年目を迎える。平成十五年度は、介護保険の見直しの年度である。すでに改正の骨格についての議論が始まっていると聞く。うがった見解ではあるが、次は介護保険の利用料や保険料の値上げ議論が始まるのは必至のことと考える。もともと社会福祉法人が公費でもって福祉として高齢者介護を支えてきた経緯から、介護保険制度の見直しは政府にとって医療保険制度改革より簡単なことなのであろうか。まだ何も見えてこない。 戦前戦後の日本の重要な時代を担ってきていただいた方が、痴ほうや寝たきりなど介護が必要になった時だけの支援だけではなく、元気な高齢者であっても、生活すべてにわたって、心豊かに、その人らしく尊厳ある生活の保障はどのような時代になっても死守すべきである。不況、財政難な時代は誰もが理解するところであるが、利用者(国民)の立場に立っての改革、本当の意味での「三方一両損」を望んでやまない。 (上毛新聞 2002年4月10日掲載) |