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臨床心理士 樺沢 徹二 さん(渋川市行幸田 )

【略歴】東京学芸大卒。61年渋川北小を振り出しに教職に。98年渋川古巻小校長で退職。教育相談に携わり、退職後はスクールカウンセラー。東京学芸大、高崎経済大などで講師を務める。


母と子のきずな

◎人間関係に大きな影響

 今日、社会システムの急激な変化を受けて、子育てに苦悩する親が多くなっている。子育て環境の変化にともない、文部科学省は平成十四年度予算で、子育て支援ネットワークの充実のためにアドバイザーの配置を予定している。本来、子育てについては個人的な問題とされてきたが、国が子育て支援に積極的にかかわる状況になってきている。子育てに関する今日的課題への対応と同時に、不易な側面をも再確認する必要がある。

 ほ乳類の中で、ヒトは他と比べてほぼ一年の早産で出生する。これは移動能力や自立的能力が他のほ乳類と同程度のレベルまで達するのに、約一年を要することからと言われている。本来ならば完成度をもっと高めてからの出産が望ましいとされるが、人間の母体の生理的条件から、未熟なまま早産せざるを得ないとされている。スイスの動物学者ポルトマンは「生理的早産」と呼び、他のほ乳類と同程度に完成させるまで、大人とのかかわりの中で胎外で過ごすことから、出生後の約一年間を「子宮外胎児期」と呼んでいる。生理的早産は人間の成長・発達にとっての可能性や特殊性が潜んでいることを示唆している。

 無力なままの状態で出生する子どもは、養育者(主として母親、以下母親とする)との依存関係なしでは育つことができない。人生の出発点である乳幼児期が満ち足りたもので愛される体験という母子関係が、その後の人間関係に大きな影響を及ぼす。「母と子のきずな」つまり母子の精神的基盤を培うことが重要で、それはお互いの相互作用によってできるものである。母親が子どもへの働きかけをすると、子どもはそれに反応する。その反応を感じて母親も反応するというやりとりによって、母親は母親らしい感情を持ち行動することができる。赤ちゃんの泣き声を聞くと、母親の乳房に流れる血液の量が増大することは知られている。五感を働かせた近距離での接触によって、密度の濃いきずなが結ばれる。

 このように親子関係を通して、自分の身の回りのことはきちんとできる、欲望をコントロールできるというように、人間は一人で一生涯生きていかなければならない基本的な能力を発達させていく。子どもが思春期になると、親への甘えと反抗をしながら、人生全般にわたる自立という長旅に出立する旅支度をする。この過程で不都合が生じると、不登校や暴力といった問題に直面することもある。この思春期の心の揺れからの立ち上がりに、乳幼児期の体験が重要な影響を及ぼしている。それは第一反抗期で適度な欲求不満耐性や自律心を身につけていないと、思春期の第二反抗期に反抗傾向が重畳的に拡大することからもうかがえる。やがて自立して、心の中で親と自分は本当の意味で別々の人間であると納得できるようになっていく。

 「三つ子の魂、百まで」とは、けだし至言である。


(上毛新聞 2002年4月5日掲載)