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小泉重田小児科理事長 重田 政信  さん(高崎市飯塚町 )

【略歴】東大医学部卒。医学博士。フルブライト留学生として渡米。現在高崎市で開業。国際ロータリー在日委員として世界のポリオ根絶に努める。厚生労働省「多民族社会の母子の健康」研究班班員。


心の予防医学

◎親教育の有用性見直せ

 わが国の年齢別死因をみると、先天性弱質の多い乳幼児を除き、一歳から二十四歳までは事故が死因の第一位を占めている。一方、自殺は十―十四歳から死因の第三位に登場し、十五―十九歳で第二位に浮上して、二十五―二十九歳で死因のトップの座を占める。若者の生命を守るという医師の立場からみれば、自殺の予防も二十一世紀の医学の大きな課題の一つであるに違いない。しかし、自殺は深い社会的背景をもつものであり、原因や解決策を簡単には見いだすべくもないが、その根源をたどると、ここでも小児期のある時期での「心の問題」に結びつくことが多いといわれる。

 少子化による家庭教育力の低下や、子どもの「心の問題」と家庭崩壊の相関は、既にこれまで言い尽くされてきたが、こうした観点から離れ、小児科医として子どものさまざまな異常行動を診ると、もし親がそれぞれの問題に対して必要最低限の知識と、相談先の情報を持っていれば、異常行動の初期症状の早期発見や、その進行の予防に大きく役立ったであろうと思われるケースが少なくない。

 子どもの健康に責任をもつ小児科医には免許が必要であり、子どもの教育を担当する教師にも免許が必要である。しかし、「家庭教育」の場で子どもの全人格的教師となるべき親は無免許で親にならざるを得ない。親孝行をしたい時にも、親はいる長寿社会になったが、子育ての信念をもてるころには、もう親の手元に子どもはいない。親は責められることはあっても、親になるための「親教育」の機会には恵まれていないのである。

 幸い、出産前後の知識を与えるための、母親(両親)学級的な親教育は、既に行政的に定着している。こうした親教育の場に集まる若い親たちの真剣なまなざしをみると、彼らがいかに強く親教育の機会を望んでいるかを実感できるが、これまでは「体の予防医学」が親教育の主眼であり、「心の予防医学」に対する親教育までは十分に手が回らなかった。

 従来の、出産前後における「体の予防医学」についての親教育は、必要最低限の知識を与えるだけであっても日本の長寿化に大きく寄与してきたと考えられる。子どもの異常行動が「心の問題」としてクローズアップされてきている現在、「心の予防医学」についての親教育も、その有用性を見直す必要があろう。心の問題による異常行動は、その発現時期がある程度予想される。従って、初産婦に対する産前産後教育のように、初めて入園児や、小・中学・高校生になる子どもを持つ親を対象にして、子どもの発達段階に応じた「親教育」が実施されれば、「体の健康」に対する予防接種のように、「心の健康」に対する最も確実で有利な先行投資となるに違いない。既に多くの自治体が、何らかの形で「親教育」に向けて進みだしている。今や行政とボランティアが親密に協力し、心の問題に対応できるスタッフを広く育てながら、地域社会の実情に応じた「心の予防医学」の組織的な取り組みを開始する時期がきていると思われる。



(上毛新聞 2002年4月3日掲載)