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パーソナリティー 久林純子 さん(高崎市貝沢町 )

【略歴】高崎女子高校、国学院大文学部卒、県立女子大大学院日本文学専攻修了。ラジオ高崎アナウンサーを経て現在フリー。「温故知新・老舗めぐり」「どこ吹く風」などを担当。県観光審議委員。


深呼吸

◎見えてくる自分の使命

 そこここに春の息吹を感じる季節になった。うきうきと、なんとも晴れやかな気持ちになる。芽吹いた木々の下で思いっきり深呼吸をし、体いっぱいに新鮮な空気を取り込む。きっと春の精霊たちは、幸せな気分を味わわせてくれることだろう。

 特に桜は、日本人が愛してきた聖なる木で、単にめでるだけではなく、死生観など日本人の精神と深く結びついて語られてきた。気象予報が充実している現在では、開花予想を春へのカウントダウンとして花見ができる日を心待ちにする。桜の下は昔も今も異空間、聖なる空間なのだ。

 どこでだったか、露天風呂から桜を眺めたことがあった。桜の花びらが湯船にひらひらと、なんともいえない風情。思わず言葉にならない「あーっ」という息が漏れた。続く言葉は発しなくてもきっとお分かりいただけるのではないだろうか。「あーっ」を発するために吸い込んだ息はすでにその次の言葉を用意していた。体内に取り込んだ酸素は、私の思いと周りの状況とを瞬時に判断し、私を語ってしまう。そう、「なんて気持ちが良いのだろう」と。

 そんな体験を皆さんもしたことはないだろうか。例えば、いやな場面で思わず漏れるため息。この場合の「あーっ」に続く言葉は先ほどの逆。活字で見れば同じ「あーっ」だが、その中身は全く違う。何かを言おうとして息を吸いこんだものの、言葉をのみ込んでしまったり、何も言うつもりがないのに、状況に反応して息を荒げてみたり。吸う息は、無意識にその人の思いとともに、次のイメージを想像している。

 つまり呼吸は、吸ったり吐いたりという生存のための動作をはるかに超えて、自分の気持ちを吸う、かなりメンタルなもののように思えてならない。「息を大きく吸って…」。ラジオ体操のフレーズはフィジカルな意味での深呼吸を促すが、結果、頭の中に「すっきりした」等各人の思いも同時に及ぼしている。

 リストラ、倒産等景気は依然低迷、バブル時の虚像が崩れ落ちた結果、そのつけは個人生活にまわってきた。だからこそ骨太な自分をつくって予測不可の将来に備えなくてはならないのではないか。自分の使命は何か、しっかり自己と向き合い、自分にしかできないことを模索する。集団から個へ、ナンバーワンからオンリーワンが求められてきている時期にきているのだろう。

 でも、言うは易く行うは難し。まずは、大きく息を吸って新鮮な空気を体の隅々にまで行き渡らせることからやってみよう。繰り返し行ううちに、いつしか気持ちをも吸い込んで、自分の使命の輪郭を見させてくれるのではないか。この春は、ぜひ日本人が愛した桜の木の下で、思いっきり深呼吸をしたい。聖なる空間に後押しされて、普段以上に自己イメージがわき上がってくるのではないだろうか。


(上毛新聞 2002年3月25日掲載)