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◎風土の風 地域の特色を表す言葉に「風土」というのがあります。『風土記』とか「風土に合う」などと使われるので、歴史的営みの末に形作られたその地域に、“古くからあるもの”なんだろうと私は考えていました。以前、青年学級時代の視察で「自分たちの行動が風土をつくる」という考えと出合い、“風土”という言葉に特別な思いを抱くようになりました。 一九八五(昭和六十)年、笠懸村の青年連盟が解散、入れ替わりに公民館で始まった青年学級に私は活動の場を移しました。この年は国際青年年で、「世間は若者よ元気を出せ!」という空気に満ちていたと記憶しています。 私たちの学級も、村の青年の新たな出発とばかり、さまざまな活動を行っていました。担当職員も熱心に付き合ってくれて、講師を招いたり、先進地視察なども積極的に行うなか、活発な地域活性化を行っている千葉県の「山武ボランティア協会」を視察する機会がありました。 同協会の代表の方は「名称はボランティア協会だけれども、ボランティアばかりしているのではなく、悪いこと以外は何でもやる会だよ。強いて言えば、風土の“風”を目指している」と話してくれました。風土の風?? 私は話に引き込まれました。続けて「風土を人の営みに例えれば、土は隣組や役場といった暮らしの土台のようなもの。それに対して、風は人の価値観や感性によって生まれてくる慣習みたいなもの。両者があいまって地域の特色になるのではないだろうか」というのです。私は感銘を受け、この方々の活躍にあこがれを抱きました。 青年学級の活動はビデオ上映会、ディズニーランドバスツアー、町制施行の勉強会など、住民と触れ合う機会や行政について考える機会を与えてくれました。こうした仲間との活動が風土づくりに発展していくのだと漠然と思っていましたが、自分が三十歳の声を聞くころには、公民館から次第に足が遠のいていました。そのころは、ちっぽけな自分が蟷螂(とうろう)の斧(おの)を振るったって何ができる? そんな心境だったと思います。 私の“風土の風”への挑戦は前回(一月五日掲載)に紹介させていただいたように、「群(むら)おこし会」への参加で再び始まりましたが、新しい風土の創造にあこがれる一方で、近ごろは“古くからあるもの”によって醸し出される“風土”に、とても魅力を感じます。祭りや神事などで、強烈に風土をアピールしている地域が日本各地にありますし、津々浦々、どこの町村にも伝統芸能があって、そこに光を当てることで、地域おこしをしている所もたくさんあります。どれをとっても素晴らしいことだと感じています。 古くからある風土も新しく創造される風土も、“やり続ける”ことにロマンがあるのだ、と私は今思っています。規模の大小とか、携わっている人がちっぽけか否かなんて関係ないのです。しかし、活動を続けていると、マンネリ化や目標を失ったりという問題に直面します。そんな時、あの“風土の風”への強いあこがれが私の道しるべになり、発想の泉となってくれます。 (上毛新聞 2002年3月10日掲載) |