視点　オピニオン２１

　■raijinトップ　■上毛新聞ニュース　

言語聴覚士（スピーチセラピスト）

　津久井美佳さん（埼玉県さいたま市 ）

【略歴】。 セラピスト国際医療福祉大保健学部・言語聴覚障害学科卒。９９年、言語聴覚士資格を取得し、国で初めての言語聴覚士の一人となる。同年から病院に勤務。

セラピスト

◎患者さんと励まし合う

　昨年の十二月一日、幸せかおる小春日和の中、私は友人の結婚式に出席するために、那須高原にいました。その日は実家に帰る用があり、飛び乗った電車の中から母に電話をかけました。すると電話に出るなり、「生まれたわよ！　良かったわね」と言う。母は朝から、雅子妃殿下のお子さまの誕生にくぎ付けだったようです。私は客観的に、「今日はいろいろとおめでたい日なのかな」と思ったくらいでした。

　実はこの時、私は別のことで頭がいっぱいでした。世界情勢が思わしくない時期なのに、私は外国へ行こうとしていました。正直、友人と悩んで決めたものの、「もしかしたら？」という思いでいっぱいでした。

　私は渡仏する前に、実家に帰ってお墓参りに行かなくては…と思っていました（なんだかあの時、無性に家族に会いたかったのを覚えています）。出発の日、私は神経質になっていたのか、吐き気と頭痛に襲われ、成田に着くなり倒れました。飛行機には乗ったものの、体調はすぐれず、到着するまで気を失ったように眠ってしまいました。

　それでも、今回私が旅行に行こうと決めたのには、理由があります。私は昨年、ある患者さんと出会いました。筆談を通して、彼女といろいろな話をしました。そんな会話の中で、二つ印象に残っていることがあります。

　「わざわざ、だんなに持ってきてもらったわ。十三年前の私よ。見て！」と、純白のウエディングドレス姿の写真を見せてくれました。「これを見ると元気が出るの」と言い、「あなたも結婚式の写真はとっておきなさい！　子供にも見せられるし、いいわよ」とうれしそうでした。これが一つ。

　また、「今まで一番楽しかったことは？」とうかがうと、ダダァーと、用紙いっぱいに外国名を書き出してくれました。隣にいた母親が、「そう、この子はね、家に一銭もいれず旅行ざんまいだったのよ。でもね、今はあれで良かったと思うわ。元気な時にいろいろな国に行っておいて」と話していました。

　それから半年ぐらいしたある日、彼女が私に「もうフランスには行ったの？」と聞いてきました。筆談でした。結局その一文が、彼女が私に書いた最後の言葉となってしまいました。「まだ、行ってないの」と言う私に、彼女が、絶対に行ったほうがいいよ！　と言わんばかりの表情で、返してくれたのを思い出します。

　以下は、私らしくなく、やや女性的な考えではありますが、いつもどこかへ行く時に、私が勝手に思っていることです。「私がいろいろなところで見たり、聞いたり、体験したりして、感じたことや考えたことは、伝わらないかもしれないけれど、もしかしたら波動やニュアンスとなって、私から生まれてきちゃうかもしれない遺伝子にも伝わるかもしれないなぁ」と。

　そのような思いもあり、今回はフランスへ行ってしまいました。また、私は常に患者さんと影響し合い、励まし合いながら、（時にはいやされつつ）存在しているのだと思っています。

　スピーチセラピストとして働くようになり、少し自分の考えが変わってきているきょうこのごろ。「あたりまえの幸せの尊さ」や「人の命には限りがあるという事実」を受け入れつつ、生活していけるようがんばります。

(上毛新聞　2002年2月2５日掲載)