視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
臨床心理士 樺沢徹二さん(渋川市行幸田 )

【略歴】東京学芸大卒。61年渋川北小を振り出しに教職に。98年渋川古巻小校長で退職。教育相談に携わり、退職後はスクールカウンセラー。東京学芸大、高崎経済大などで講師を務める。


親の役割

◎子供との一体感が基本

 大学生(女子)の体験談を耳にして、すばらしい親子がいるものとつくづく感心させられた。とくに親がすごいなと思った。話はこうである。

 中学二年生の時のこと、三学期になってなぜか、同級生から声をかけてもらえなくなり、つらい思いの毎日を過ごしていた。親には心配をかけたくなかったし、無視される理由も少しは感じていたので、家ではいつもと同じように過ごそうと努めた。

 しかし、そこは母親である。間もなく気付かれてしまった。何があったのか話すように言われたが、あいまいに答えていた。翌日、帰宅すると、「寒かったろう」と言って、温かいココアを出してくれた。身体中が温かさとほどよい甘さに包まれた。今までこんなにほっとしたことはなかった。おふろにも一緒に入ってくれた。そして、布団を並べて寝てくれた。ぐっすりと眠ることができた。

 だが、朝になると、母は「起きなさい。学校へ行く時間だよ」ときっぱり言った。昨日とは正反対の母を見た。学校へはいやも応もなく行かざるを得ない気迫に圧倒された。ひたすら身支度をして家を出るしかなかった。

 帰宅すると昨日と同じ優しい母親が待っていた。学校で何があったのか一切尋ねなかった。しばらくはつらい日々を過ごしたが、やがて少しずつ親しい友とも触れ合えるようになり、一皮むけた自分になることができた。朝は大嫌いな母親を全面的に尊敬するようになり、自分もこんな母親になりたいと強く思うようになった。私の母は「甘えさせてくれたけれど、甘やかさなかった」。

 一般に親は子どもとの一体感をもち、守り、慈しみ、抱えこんで安心感や信頼感をはぐくむ役割がある。子どもの心を「ウチ」に向けたかかわりをするのである。他方、社会に向き合う心や道徳的価値の追求、社会のきまりの順守、善悪の判断、選択や決断、知識の獲得、理想の追求、限界への挑戦など、「ソト」に向く力をはぐくむ役割をもっている。これは前者を断ち切る厳しさがある。人が自立するということは、ソトに向く力を強めていくことであり、自立は親との「別れ」を意味する。寂しさが伴うものである。

 今日の子どもたちをめぐっては、さまざまな課題がある。その際には常に家庭のあり方や親のかかわり方が問われている。取り上げた事例の中に、親のあり方の大事な一つの姿があるように思う。子どもを守りながら、社会の厳しさに立ち向かわせる親のあり方と言えよう。

 学校で友達の輪の中に入れない子どもに、「皆と一緒に仲良く遊びなさい」と言うのは、子どもによっては一層不安を増すことになる。「先生も一緒に行ってあげるから皆と遊ぼう」と言えば、守られている安心感に裏打ちされて、不安な仲間入りも容易になるもの。目的を達成するのに、相反する力を同時に発揮することにより、解決が早い場合があることを教えられた。


(上毛新聞 2002年2月9日掲載)