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小泉重田小児科理事長 
重田 政信さん
(高崎市飯塚町)

【略歴】東大医学部卒。医学博士。フルブライト留学生として渡米。現在高崎市に開業。国際ロータリー在日委員として世界のポリオ根絶に努める。厚生労働省「多民族社会の母子の健康」研究班班員。


ひきこもり

◎父母らに対処の仕方を

 不登校は久しく大きな社会問題となっているが、一九八〇年代から家に引きこもって外に出られない青少年も急増した。厚生省(当時)は九一年度、十八歳未満の子どもたちを対象に「引きこもり・不登校児童福祉対策モデル事業」を始めたが、「ひきこもり」が深刻になるのは二十歳以降であり、厚生労働省の調査でも「ひきこもり」の相談件数の六割を二十一歳以上の成人が占める。

 程度の差はあれ、現在全国で百万人近くの「ひきこもり」がいると推定されていて、件数からみれば不登校の七―八倍に相当する大問題であると言えよう。

 「ひきこもり」の定義は確立していないが、一般に「さまざまな要因によって社会的な参加の場面が狭まり、自宅以外での生活の場が六カ月以上にわたって失われている状態」を指す。発現時期は高校生年齢が最も多いが、そのなかには分裂病などの精神障害によるものもあり、そういう精神疾患を除外したケースを「社会的ひきこもり」と呼んでいる。これは反社会的要素が少なく、不登校のように学校という公共の場での話題性が乏しいために、これまで社会の強い関心を引くには至らなかった。

 しかし、「ひきこもり」の子どもを持つ家族の苦悩は想像以上で、その深刻さは家庭で対処できる限界をはるかに超え、厚生労働省は昨年五月に「社会的ひきこもり」について、「家族への支援」を第一に考えることを原則とする行政上のガイドライン(暫定版)を作成し配布した。

 「ひきこもり」は、社会のストレスから逃れる一種の回避行動であり、家庭内に「心のオアシス」を求めて家の中に引きこもる無意識の反応行動と考えられている。こうした回避行動を妨害すると、反動的に一層強い回避行動や神経症状を招くことが知られている。

 子どもが「ひきこもり」の状態になると、親は何とかして家の外に出そうと努力するが、その際、子どもの気持ちよりも親の気持ちを先行させるので、逆効果を生み、子どもの心はいやされず、回避行動は増強されて長期化する場合が多い。

 筆者の経験した「ひきこもり」の症例は、いずれも教育熱心な家庭に育ち、両親の期待を一身に集めた青少年であり、親たちは深い愛情をもって対処していると自ら信じて、指摘されるまでは自分たちの言動の不適切さにほとんど気付いていなかった。

 しかし、いずれの症例でも親子の断絶は明白であり、よかれと願う親の対応が子どもの心に心理的虐待と映るのである。このような症例を見るたびに、もし親がそうした場合の対応について、最低限の知識と相談先の情報さえ持っていれば、「ひきこもり」の長期化は未然に防げたと思われ、まことに残念である。

 「ひきこもり」を家族に抱える親たちは、高学歴を持つことが多く、理解力は十分にある。残念ながら彼らはこうした情報を得る機会に恵まれていない。青少年の問題行動も、予防に勝る治療はない。「ひきこもり」についても、中・高校生の父母を対象にした組織的な親教育の実施を、小児科医として強く要望したい。



(上毛新聞 2002年1月29日掲載)